罪はあなたを神から引き離す
By Admin — 03 Aug 2025
あなたの祈りが天井に跳ね返っているように感じたことはありませんか?どれだけ叫んでも、天が静かなままのように感じたことはありませんか?あなた一人ではありません。
多くの信者が、神が遠く感じられ、その臨在が遠く、声が聞こえない季節に苦しみます。しかし、問題は神の力や意志ではありません。それはもっと深いところにあります。
イザヤ書59:1-2の力強い聖書研究で、私たちは厳粛でありながら希望に満ちた真理を明らかにします。主の手が短くて救えないのでもなく、その耳が鈍くて聞こえないのでもない。しかし、私たちの罪が神と私たちの間に壁を作るのです。
📖 イザヤ書 59:1-2
1 見よ、主の手が短くて救えないのではなく、その耳が鈍くて聞こえないのでもない。
2 ただ、あなたがたの咎が、あなたがたとあなたがたの神との間を隔て、あなたがたの罪が、御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。
これは非難のメッセージではなく、神からの招きです。立ち返る、悔い改める、そして今も救い、今も聞き、今も愛しておられる方との親しい交わりを回復するための招待です。



聖書研究と解説
📖 イザヤ書 59:1
「見よ、主の手が短くて救えないのではなく、その耳が鈍くて聞こえないのでもない。」
背景
イザヤは、イスラエルの民が苦しみ、神が遠く感じられる時代に語っていました。多くの人々は、神が救う力を失ったのか、介入する意志を失ったのかと疑問に思っていました。
解説
- 「見よ」は注意を引く言葉です。これから語られることが重要であり、熟考を要することを示します。
- 「主の手が短くて」は、神の力が弱まったのではないという比喩的な表現です。手が短いとは、届かない、救えないことを意味します。しかし、神の手は無限です。
- 「救えないのではなく」:神の救う力は変わりません。
- 「その耳が鈍くて聞こえないのでもない」:神は耳が遠いのでも、応答しないのでもありません。この表現は、遅れや沈黙が神の無力さによるものではないことを私たちに保証するものです。
適用
この節は、祈りが答えられないことや神が遠いことの責任を神に帰する誤った思い込みを正しています。この節はこう語っています。問題は神にあるのではありません。
📖 イザヤ書 59:2
「ただ、あなたがたの咎が、あなたがたとあなたがたの神との間を隔て、あなたがたの罪が、御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」
解説
- 「しかし、あなたがたの咎」:「咎」とは、曲がった行い、道徳的に悪い行い、故意の罪を指します。
- 「あなたがたとあなたがたの神との間を隔て」:罪は障壁を作ります。物理的な壁ではなく、霊的な隔たりです。罪は神との交わりを断ちます。
- 「あなたがたの罪が、御顔を隠させ」:これは、罪のために神の臨在が覆われることを意味します。ヘブル的な考えでは、神が「御顔を向ける」とは恵みと祝福を意味します。「御顔を隠す」とは、不興とさばきを意味します。
- 「聞いてくださらないようにしたのだ」:神が聞けないのではなく、悔い改めない心からの祈りには応答しないことを選ばれるのです。
神学的洞察
この節は責任を完全に人々に移しています。神は変わりません。神は今も力強く、注意深くおられますが、罪こそが問題なのです。この原則は聖書全体に現れています:
- 詩篇 66:18 – 「もし私が心に咎を見ているなら、主は聞いてくださらない。」
- 箴言 28:9 – 「律法を聞くことを耳にしない者の祈りも、主にとって忌みきらわれる。」

全体のメッセージ
イザヤ書59:1-2は、戒めと悔い改めへの呼びかけです。神の沈黙や不在のように思えるのは、神の弱さや意志のなさではなく、告白されていない、悔い改めていない罪が神の民の人生にあるからです。
今日への適用
- 自己吟味:これらの節は、各人が自分の人生を吟味するように呼びかけています。神の臨在を妨げている隠れた罪はありませんか?
- 励まし:罪が隔てるとしても、この警告自体が回復が可能であることを示唆しています。主は今も救う力があり、悔い改めが真実であれば聞いてくださいます。
- 悔い改めへの招き:招きは明確です。ただ障壁(罪)を取り除けば、神は応答する用意と力を持っておられます。
🙏 悔い改めと回復の祈り
愛する天の父なる神様、
私は今日、重く、へりくだった心で御前に出ます。主よ、私の罪、咎、反逆が、私たちの間に壁を築いたことを告白します。私は妥協や高慢、隠れた過ちが、私の心とあなたの間に入り込むことを許してしまいました。私は迷い出ました。私はあなたの光から顔を背けました。そして今、離れたのはあなたではなく、私であったことに気づきました。
神様、どうか私を赦してください。私の罪が築いたすべての障壁を打ち壊してください。あなたが私を見捨てたというすべての偽りを打ち壊してください。イエスの血によって私をきよめてください。神よ、私のうちにきよい心を創り、正しい霊を新しくしてください。もうこれ以上、御顔を隠さないでください。再びあなたのあわれみの温もりと愛の光で私を照らしてください。
聖く生きることができるよう助けてください。もはや何ものも私とあなたを隔てることがないようにしてください。私たちの交わりを回復してください。私の祈りの生活を再び燃え立たせてください。あなたの御言葉への渇きを新たにしてください。再びあなたのささやきに耳を傾けられるようにしてください。私の魂があなたの臨在の中で安らぎを得られますように。
私がさまよっていたときも、あなたは待っていてくださいました。私が罪を犯したときも、あなたは私を愛していてくださいました。イエス・キリストによって、私は回復され、贖われ、和解されることができることを感謝します。
私をあなたから隔てるすべてを手放し、あなたの広げられた御腕に帰ります。
イエス様の力ある御名によって祈ります。
アーメン。