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聖書研究 主に信頼する

聖書研究 主に信頼する

By Admin — 02 Aug 2026

「主に信頼し、主がその人の頼みとなられる者は、さいわいである。」(エレミヤ書 17:7)

不確実性と困難に満ちたこの世界で、自分自身よりも大きなものに信頼を置くという考えは、慰めにもなり、時には不安にもなります。エレミヤは、真の祝福は主に信頼することから来ると私たちに思い起こさせます。それは単に主という概念に信頼するのではなく、主ご自身を私たちの信頼とすることです。

主に信頼するとは、私たちの人生を変わることのない主のご性質にしっかりと結びつけることです。私たちが直面する嵐にもかかわらず、しっかりとつかまることのできる岩があることを認めることです。主に信頼するとき、私たちは主の平安、導き、備えに心を開くことができます。これは受け身の行動ではなく、信仰と、不安や恐れをゆだねる意志が必要です。

エレミヤの時代、ユダの民は厳しい状況に直面していました。彼らは外からも内からも敵に囲まれ、信仰が試されていました。しかし混乱の中で、神はエレミヤを通して、主に信頼する者は祝福されることを思い起こさせます。この約束は当時と同じように、今もなお有効です。

主に信頼することの意味を考えてみましょう。私たちが主に信頼を置くとき、主が私たちの人生に計画を持っておられることを認めています。私たちの苦しみの中で一人ではないことを知るのです。経済的な困難、健康の問題、人間関係の悩み、仕事の不安など、どのような状況であっても、主に信頼するとは、力と知恵を主に求めることです。それは自分のコントロールを手放し、主に導いていただくことを意味します。

さらに、エレミヤが「主がその人の頼みとなられる」と言うとき、それは主が単なる信頼の対象であるだけでなく、信頼そのものとなってくださることを意味します。私たちの信仰は、自分の力で人生の課題を乗り越えることにあるのではなく、主が私たちを導いてくださる力にあるのです。この深い関係は私たちの視点を変え、問題から主の約束へと焦点を移します。

日々の生活の中で、主への信頼をより深めていきましょう。それは祈りや、み言葉の黙想、信仰の友からの助言を通してできることです。積極的に主に信頼することを実践するとき、恐れは和らぎ、喜びが増していくことに気づくでしょう。祝福された人生とは、試練がない人生ではなく、愛なる神に支えられているという確信に満ちた人生です。

今日、主に信頼するとはどういうことか、少し立ち止まって考えてみましょう。あなたの人生の中で、不安を手放し、神に委ねるべき領域はありませんか。主に信頼を置くとき、あなたは祝福されます。主に信頼するだけでなく、主ご自身があなたの信頼であることから来る平安を受け入れましょう。