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聖書研究 主に信頼する

聖書研究 主に信頼する

By Admin — 2026年1月10日

不確実さや気を散らすものに満ちた、忙しい現代社会の中で、「心を尽くして主に拠り頼め」という呼びかけは、私たちの心に深く響きます。箴言3章5-6節は私たちにこう語ります。「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。すべての道で主を認めよ、そうすれば主はあなたの道をまっすぐにされる。」これらの御言葉は単なる賢い助言ではなく、信仰に根ざした人生への深い招きです。

心を尽くして主に信頼するとは、自分の恐れや疑い、計画を主に委ねることです。特に、これからの道が見えず、私たちの担う重荷が重く感じられるときには、これは大きな挑戦です。私たちはしばしば自分の知識に頼り、状況を自分でコントロールしようとし、限られた視点で人生を理解しようとします。しかし、神は私たちに異なる道を招いておられます。ご自身の無限の知恵に頼るよう、私たちを励ましておられるのです。

アブラハムの例を考えてみましょう。彼は故郷を離れ、未知の地へと旅立つように召されました。彼の旅は自分の理解に基づくものではなく、神の約束への信頼に基づくものでした。不確実さや長い待ち時間があったにもかかわらず、アブラハムの信仰は彼の義とみなされました。私たちが心から神を信頼するとき、たとえ道が見えなくても、神の導きと指示を受け入れることができるのです。

現代の私たちも、多くの課題に直面しています。仕事の選択、家族関係、健康問題、社会的なプレッシャーなど、圧倒され、迷ってしまうことも簡単です。しかし、すべての道で神を認めるとき、私たちは人生の細部にまで神を招くことになります。この「認める」とは、神の御心を求め、導きを祈り、日々の喧騒の中で神の声に耳を傾けるという積極的な選択です。

主に信頼するとき、私たちは神の平安も体験します。ピリピ人への手紙4章6-7節は、「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもって祈りと願いをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれるであろう」と励ましています。この平安は、神のご計画を信頼し、自分で全てをコントロールしようとする思いを手放すことから生まれます。

今日、箴言3章5-6節を思い巡らしながら、自分の人生のどの部分で神を信頼するのに苦労しているか、自分で何とかしようとしている決断があるか、自問してみてください。これらの状況を祈りの中で主の御前に差し出し、神の御手に委ねましょう。たとえ道が見えなくても、主があなたの道をまっすぐにされるという真理を受け入れてください。

主に信頼することは、一度きりの決断ではなく、日々、神の知恵に頼り、すべての歩みで主を認め、主の誠実さの中で安らぐという継続的な献身です。この信頼が、今日のあなたの歩みを導き、神の恵みのうちに大胆に、確信をもって生きる力となりますように。